いちおう言語化するようになった。最初、自分がものを考えるときにどう感じるか、違いを意識していた。考えることによって、ほんのわずかに違いがあることに気づいたから。表面にうすくうすく絵を掘って、段差がほとんどないような感じ。違いはあるんだ。でもすごく小さい。ということは、ちっちゃいちっちゃい違いがどう違うのか、意識するようにした。 しばらくすると、この違いとしっくりくる言葉を探したんだ。同時に、なんとなく本を読んだ。何をトチ狂ったのか哲学書を読んだ。そうすると、自分の心をある程度言語化できるようになった。 それ以来、バーっと言葉がでてくるようになった。哲学書の固すぎる表現を少し変え、しばらく話していられるようになった。少し変えるというか、同じ言い回しは無理だったw哲学書の言葉遣いはあり得ないほど複雑だ。なぜかというと、専門用語ができるだけ少なくしてあるんだ。日本人の効率的で専門用語を羅列する書き方は、あまり考えられない人の書き方ではないかと思うようになった。自分でよく考え、専門用語を少なくすると、とても複雑になるんだ。日本人はこの哲学書のような言葉遣いに慣れていないので、専門用語、漢字熟語を使わないと馬鹿にするようだ。 なんと、日本人の普段の言葉遣いに対する認識がごっそり変わらない限り「真に」優しい言葉だけで説明することなど不可能なのである。 考えない人は、専門用語、暗記した言葉だけで話し、順番を入れ替えられず、言い換えもできないと思われます。言い換えるには、よく考えるしかないと思います。やり方は意外と単純です。専門用語を本とかネットで参照せず、記憶を頼りに考えを作ることです。そうすると、どこかに載っていた言葉をそのままいうことはできなくなります。代わりに、しっくりくる(と思う)言葉を何も見ないで思い出そうとしてみてください。子供のような頭悪そうなことしか思いつかないはずです。それでいいのです。外国人の言葉がなぜ、専門用語が少なくても、細かすぎる意味をちゃんと表現でき、日本人はできないのか。 日本人は自分の言葉で表現しないからです。言い換えると、何も見ないで自分で言葉を組み替えていないのです。どこかに載っていた言葉を、載っていた順番通りにしか言えない人が多いのはそのためです。しかも、それを思い出すこともなかなかできず、目の前の出来事に対応しないまま、出来事は過ぎてしまうのです。 言葉を覚える作業とは別に、言葉を話すという作業までやらないと、言葉を話すことはできないわけです。 「言語化できるようになるには、言語を話せ」話せるようになるには、話せってことです。 自分の今の気持ち、目の前の状態にしっくりくると思う言葉を何も見ないで思い出して、口に出すのです。それに慣れると、とっさに言語化でき、岡田さんのように滑らかに言えるようになるのです。 今、パッと言語化して言えないということは、言う作業の絶対量が足りていないのです。どこも参照せず、記憶を頼りに言語化してみてください。言葉を自分が発することなく、文章を見続けても、言語化して話す能力はつかない。話す力をつけるには、話すのです。そうすると、細かいことでも言えるようになり、少しは楽になるでしょう ついでに言うと、何も持たず、言う練習だけしていると手ぶらでいいですし、体も楽ですよ。重たいものを持ち続け、わからなくなるたびに参照し続けるのは、もうおやめください。重たいものを持ち、筋力を使うことで、気が散っているので、いくら勉強しても効果は薄いのです。 日本人は暗記しすぎですから、しばらくは何も持たずに、覚えていることを話す練習をしてください。言語化できない理由で、特に大きい理由は、あまり思い出したことがないのでしょう。思い出すのに慣れると、わからないなりに言語で検討しやすくなります。検討の言葉も浮かんでこないと思いますので、日本人は言語化の練習(話す練習)が足りないのです。覚えこみすぎたのが原因で日本人は話せなくなったのです。
ロシアがウクライナ侵攻しているのに、ドイツやオランダは天然ガスを買いたいがために、今日も子供を殺すための外貨をロシアに与えている。(日本はサハリン1、2ともシェル、エクソン撤退のため買えなくなった)このモヤモヤをどうしたらいいのか。
いちおう言語化するようになった。
最初、自分がものを考えるときにどう感じるか、違いを意識していた。
考えることによって、ほんのわずかに違いがあることに気づいたから。表面にうすくうすく絵を掘って、段差がほとんどないような感じ。違いはあるんだ。でもすごく小さい。
ということは、ちっちゃいちっちゃい違いがどう違うのか、意識するようにした。
しばらくすると、この違いとしっくりくる言葉を探したんだ。
同時に、なんとなく本を読んだ。何をトチ狂ったのか哲学書を読んだ。
そうすると、自分の心をある程度言語化できるようになった。
それ以来、バーっと言葉がでてくるようになった。
哲学書の固すぎる表現を少し変え、しばらく話していられるようになった。
少し変えるというか、同じ言い回しは無理だったw
哲学書の言葉遣いはあり得ないほど複雑だ。
なぜかというと、専門用語ができるだけ少なくしてあるんだ。
日本人の効率的で専門用語を羅列する書き方は、あまり考えられない人の書き方ではないかと思うようになった。
自分でよく考え、専門用語を少なくすると、とても複雑になるんだ。
日本人はこの哲学書のような言葉遣いに慣れていないので、専門用語、漢字熟語を使わないと馬鹿にするようだ。
なんと、日本人の普段の言葉遣いに対する認識がごっそり変わらない限り
「真に」優しい言葉だけで説明することなど不可能なのである。
考えない人は、専門用語、暗記した言葉だけで話し、順番を入れ替えられず、言い換えもできないと思われます。
言い換えるには、よく考えるしかないと思います。
やり方は意外と単純です。専門用語を本とかネットで参照せず、記憶を頼りに考えを作ることです。
そうすると、どこかに載っていた言葉をそのままいうことはできなくなります。
代わりに、しっくりくる(と思う)言葉を何も見ないで思い出そうとしてみてください。
子供のような頭悪そうなことしか思いつかないはずです。それでいいのです。
外国人の言葉がなぜ、専門用語が少なくても、細かすぎる意味をちゃんと表現でき、日本人はできないのか。
日本人は自分の言葉で表現しないからです。言い換えると、何も見ないで自分で言葉を組み替えていないのです。
どこかに載っていた言葉を、載っていた順番通りにしか言えない人が多いのはそのためです。
しかも、それを思い出すこともなかなかできず、目の前の出来事に対応しないまま、出来事は過ぎてしまうのです。
言葉を覚える作業とは別に、言葉を話すという作業までやらないと、言葉を話すことはできないわけです。
「言語化できるようになるには、言語を話せ」
話せるようになるには、話せってことです。
自分の今の気持ち、目の前の状態にしっくりくると思う言葉を何も見ないで思い出して、口に出すのです。
それに慣れると、とっさに言語化でき、岡田さんのように滑らかに言えるようになるのです。
今、パッと言語化して言えないということは、言う作業の絶対量が足りていないのです。
どこも参照せず、記憶を頼りに言語化してみてください。
言葉を自分が発することなく、文章を見続けても、言語化して話す能力はつかない。
話す力をつけるには、話すのです。
そうすると、細かいことでも言えるようになり、少しは楽になるでしょう
ついでに言うと、何も持たず、言う練習だけしていると手ぶらでいいですし、体も楽ですよ。
重たいものを持ち続け、わからなくなるたびに参照し続けるのは、もうおやめください。
重たいものを持ち、筋力を使うことで、気が散っているので、いくら勉強しても効果は薄いのです。
日本人は暗記しすぎですから、しばらくは何も持たずに、覚えていることを話す練習をしてください。
言語化できない理由で、特に大きい理由は、あまり思い出したことがないのでしょう。
思い出すのに慣れると、わからないなりに言語で検討しやすくなります。
検討の言葉も浮かんでこないと思いますので、日本人は言語化の練習(話す練習)が足りないのです。
覚えこみすぎたのが原因で日本人は話せなくなったのです。
モヤモヤしたら誰も居ない所で言葉にしますそして自問自答してますよ☺️
言語化は本当にむずかしいですからね!
とはいえたくさん言語化することによって自分のことも理解できるし
本質も見つけることもできるんで
適当でいいのでガンガン言語化していきたいと思います!
無意識に感情を抑圧していたりするから、難しいのよね。
言語化は単純化。
①
抽象化と具象化。
因数分解と素数
⓶
形而上化と形而下化
道標・澪標と器・表現
③
三才に分解する
時間空間人間と慈愛悲
岡田さんもひろゆきとは違った魅力があるなぁ
ロシアがウクライナ侵攻しているのに、ドイツやオランダは天然ガスを買いたいがために、今日も子供を殺すための外貨をロシアに与えている。
(日本はサハリン1、2ともシェル、エクソン撤退のため買えなくなった)
このモヤモヤをどうしたらいいのか。
モヤモヤを言語化するのってほんま難しい。俺は日記書いたり、思考をグラフ化して表してみたり色々試してるけど、やっぱり自分を客観視できてないと言語化するのも難しいなって感じてる。