◇目次◇ 0:00 死に対する処方箋 5:34 死ぬのが怖い 7:55 限りなく死に近かった幼少期 10:36 死が怖いなら絶対聞いて 17:03 親が余命宣告されたら 21:35 あの人が死んでも何も感じなかった 24:54 死の先にあるもの 27:41 死の暗示(火垂るの墓より) 31:43 上島竜兵さんと同じことを考えた 37:14 仏門に入れ 岡田斗司夫マインドをご視聴いただきありがとうございます。 チャンネル登録・高評価宜しくお願い致します♪
まあマツモトセンセも999に乗ってキカイの国に旅立たれたワケだし、フトイザーもいよいよかな?m9 (・З・) 「タヒなんか怖くねーよ」つってんのはたぶんなーんも築き上げたモノが無かった人生の証明なんじゃないの?ておじさんはオモタ。
死ぬのが怖いより 死にたくないほどやりきれない悩みがあったり そういう思いがあったするのでは!? 自分もかなり死ぬのが嫌だと思ってしまうほうですが 本当にそういう場面になった時に あーこのまま死んでもいいなって思えるなんてこともありました 逆にたまたま助かり体が復活してくると また死にたくない気持ちが戻ってきたりもしてます
死ぬのが嫌だっていうのは終わりが嫌だという感覚に近いのではないかなぁと思いました。生物である以上本能的な部分では永遠を願ってしまう(人間は個体では永遠に生きる事ができないため子孫を残す)。続いている事が恒常化しているものの「終わり」に対して恐怖心のようなものを抱いてしまうのではないかなぁ〜と。アニメの最終回って漠然とした虚無感とか悲しさあるよね〜って思って結びつきました笑
子どもの頃は死に対する恐怖感があったけれど、今は病気のぼんやり感のせいか、死は向こうからやってくるものだし、死んだ後のこともわからないので、ただ受け入れるしかない感じに、ぼんやり思ったりします。ただ、死んだあと子どもたちに迷惑をかけたりしないようにいなくなりたい。
仮に死への恐怖をゼロにできたら、すでに君は死んでこの世にいない。何の感慨もなく死のトリガーを平然と弾けるから。生きたいから死が怖いし、死が怖いから生命を存続させる努力をする。「死にたくない」じゃなくて「生きたい」と言った方が前向きなエネルギーになる。
よく死ぬ夢を見ます。崖から落ちてトラックが上から頭を潰したり、毒ガスの充満した部屋で窒息したり。死んで起きるんじゃなくてその後絶対に体が動かなくなって意識がある状態になる。今まで生きて得てきたものや容姿、声、性格、知識が自分から無くなっていくのがすごい寂しい。またやり直しかーってなる。
19歳、死ぬことが際限なく怖かった。40歳になった今、何も怖いことがなくなった自分がいちばん怖い。いや、何もっ、、、て事はないかな。ただ、年月と共に恐怖に対して耐性は付いていきますから。でも、いざとなったらやっぱり怖いのかな。死ぬ瞬間がいちばん脳内に快楽物質が放出されるとも聞くけど。何にせよ、落とし所が定まるまではとことん考え抜けばいいんじゃないですか。そのうち、飽きますよ。若いっていいな。
生きることについて考える生物が地球上の大半を占める中、死ぬことについて考えてしまう人間という生物は面白い。世の中が便利になりすぎて、もしくは自分の代えや上位互換が世の中にはいっぱいいることを知るようになって、生きるのに必死である必要がなくなったからかね。
◇目次◇
0:00 死に対する処方箋
5:34 死ぬのが怖い
7:55 限りなく死に近かった幼少期
10:36 死が怖いなら絶対聞いて
17:03 親が余命宣告されたら
21:35 あの人が死んでも何も感じなかった
24:54 死の先にあるもの
27:41 死の暗示(火垂るの墓より)
31:43 上島竜兵さんと同じことを考えた
37:14 仏門に入れ
岡田斗司夫マインドをご視聴いただきありがとうございます。
チャンネル登録・高評価宜しくお願い致します♪
まあマツモトセンセも999に乗ってキカイの国に旅立たれたワケだし、
フトイザーもいよいよかな?
m9 (・З・)
「タヒなんか怖くねーよ」つってんのは
たぶん
なーんも築き上げたモノが無かった人生の証明
なんじゃないの?て
おじさんはオモタ。
死ぬのに備えて思い出を全部消しておくとか、岡田斗司夫の父親にもサイコパスの片鱗があったんやね…
朝起きたら「わたしは、必ず死ぬ、例外はない」と、毎日唱える。私の場合、半年間、落ち込みましたが、そのうち怖くなくなりました。
葬儀社に勤めるのもいいでしょう。慣れです。
死ぬのが怖いより
死にたくないほどやりきれない悩みがあったり そういう思いがあったするのでは!?
自分もかなり死ぬのが嫌だと思ってしまうほうですが
本当にそういう場面になった時に あーこのまま死んでもいいなって思えるなんてこともありました
逆にたまたま助かり体が復活してくると また死にたくない気持ちが戻ってきたりもしてます
死ぬのが嫌だっていうのは終わりが嫌だという感覚に近いのではないかなぁと思いました。
生物である以上本能的な部分では永遠を願ってしまう(人間は個体では永遠に生きる事ができないため子孫を残す)。
続いている事が恒常化しているものの「終わり」に対して恐怖心のようなものを抱いてしまうのではないかなぁ〜と。
アニメの最終回って漠然とした虚無感とか悲しさあるよね〜って思って結びつきました笑
死ぬより、病気して誰かに迷惑かける方が怖い
あと痛いのが怖い
むしろ常に忘れず死を怖がり続けるなんてずっと出来る気がしないよ
いずれ必ず気が抜けて無防備になる瞬間が来るから無理だろうな
だからいっそ今のうちに存分に怖がっておこうぜ
次の瞬間死ぬかもしれないと
子どもの頃は死に対する恐怖感があったけれど、今は病気のぼんやり感のせいか、死は向こうからやってくるものだし、死んだ後のこともわからないので、ただ受け入れるしかない感じに、ぼんやり思ったりします。
ただ、死んだあと子どもたちに迷惑をかけたりしないようにいなくなりたい。
死んで得するは 霊体
死んで損するは 幽体
お釣りのように残るのが
新しい魂
仮に死への恐怖をゼロにできたら、すでに君は死んでこの世にいない。
何の感慨もなく死のトリガーを平然と弾けるから。
生きたいから死が怖いし、死が怖いから生命を存続させる努力をする。
「死にたくない」じゃなくて「生きたい」と言った方が前向きなエネルギーになる。
よく死ぬ夢を見ます。
崖から落ちてトラックが上から頭を潰したり、毒ガスの充満した部屋で窒息したり。
死んで起きるんじゃなくてその後絶対に体が動かなくなって意識がある状態になる。
今まで生きて得てきたものや
容姿、声、性格、知識が自分から無くなっていくのがすごい寂しい。またやり直しかーってなる。
死よりも寝たきりで生きるのが怖い。
19歳、死ぬことが際限なく怖かった。
40歳になった今、何も怖いことがなくなった自分がいちばん怖い。いや、何もっ、、、て事はないかな。ただ、年月と共に恐怖に対して耐性は付いていきますから。でも、いざとなったらやっぱり怖いのかな。死ぬ瞬間がいちばん脳内に快楽物質が放出されるとも聞くけど。何にせよ、落とし所が定まるまではとことん考え抜けばいいんじゃないですか。そのうち、飽きますよ。若いっていいな。
生きることは体に悪いので生き物は死ぬ
ニコニコする事を選んで生きて行くトシオに乾杯☆
生きることについて考える生物が地球上の大半を占める中、死ぬことについて考えてしまう人間という生物は面白い。
世の中が便利になりすぎて、もしくは自分の代えや上位互換が世の中にはいっぱいいることを知るようになって、生きるのに必死である必要がなくなったからかね。
父が亡くなって 終わりの始まりを感じました あと00年かぁ 膨大な家財道具をどうしよう?
4ぬことより
なんで生きるのか分からず
生き続けなければならない人生のほうが怖いです。