つまり最近のハリウッド映画はかつてスタジオを潰した「クレオパトラ」と同様の「恐竜化」が進行中であり次に来るのは「ニューシネマ」的作品になりつつあるということなのかなーーーーと。それもいいんじゃないかなと。その間に「将軍」や「異世界スーサイドスクワッド」みたいなジャパンオリエンテッドな作品で制作陣の創造性を作り替えていく感じになるんですかねぇ。実際CGと宣伝費に金使いすぎてるのが製作費高騰の現状ですしおすし。
岡田さんの解説を聞くと-1.0のプロットはしっかりと構築されていることは分かる。制作に意見する人間を極力減らして目標をはっきり定め、監督の求める画を撮っていくスタイルが評価されたと。成程と思う反面、逆に言えば素人目にも分かるドラマ部分のディテール不足、ブラッシュアップ不足感と諸刃の剣だと感じます。ゴジラのシーンが良いだけにどうしてももったいないという感想が最初に来てしまう
いつもながら明快な解説を有難う御座います。一時期は確か「CGを使うことで大作映画の予算が削減できる」みたいな話があった様な気もするんですが、気が付けばCGを使って昔以上の予算を湯水のごとく浪費する時代になっていたみたいですね。山崎監督には是非ともハリウッドで頑張ってほしいと思います。向こうのスタッフを使ってもう一回低予算でいい映画を作って見せたら、完全にホンモノと認められると思います。苦労も多いと思いますけど、折角機会が与えられたのだし、追い風ムードにも恵まれているのですから、是非挑戦してほしいものです。
合議制で作った作品、特に脚本を複数人でこねくり回して作った作品はツマラナイと思っています。退屈しない佳作の打率は上がると思うけど、それは結局、損をしたくない出資者の都合であって、一生大切にしたい心に残る作品は生まれ難い気がします。
日本映画の主流は製作委員会方式が圧倒的に多いのですが、「ゴジラ」だけは東宝が単独で出資して製作されています。ですから「ゴジラ-1.0」もですが「シン・ゴジラ」も「アニゴジ」も「ゴジラS.P」も金は出しても口は出さない「ゴジラ」で有れば何をしても良いという環境でつくられたので、どれもあれだけの作品になれたのだと思います。
すごいな。せひ英訳して世界へ拡散して欲しい内容です。そう言えば、インディ・ジョーンズでは、監督の絵コンテってかなり細かいのが紹介されてましたよ。 もう数十年、そういうのを見なくなったのは、単にあらゆるドキュメントがデジタル化されたからじゃないんだな。納得。
ゴジラマイナスワンは監督と特技監督、視覚監督が同一人物とは思いませんでした。監督と特技監督、視覚監督が一致団結して、同じ部屋で編集作業をして、その連携がうまくいったと思っていました。 ハリウッドの大作は何パターンも作成して、その中から監督より権力がある人たちが合議制でシーンを決めて、撮影した8割の他のバージョンのシーンは使われないとなると、撮影スタッフも徒労に暮れるのは分かると思いました。 時間もかかるし、全体の作品としての統一感が不安定だし、編集に時間がかかる。 ハリウッドの大作の製作費が高いのは、出演俳優の出演料が多いからと思っていたのですが、そうでは無いんですね。
世知辛いことを言えば、ハリウッドの視覚効果スタッフは「総監督が最初から明確なビジョンを持って指定してくれれば無駄な絵を撮らなくて済む)を言い出すと最精鋭の上澄みしか要らなくなり、自分等の大半の失業にも繋がりかねないから言い出しにくいということもあるんだろうなw
私見ですが、-1のVFX(の3DCG)はモデリングと物理エンジンで生成してるので、別角度のシーンが増えて作業が増えるのは俳優と撮影スタッフですVFX側の作業は視点の設定だけを変更し再計算で済みますそれも完成版以外は画質を落としたレンダリングで確認可能なので、追加のマシンパワーもそれほどではありません。
非常に興味深い解説ですね。クリエーターの観点から離れても、日米の映画業界の違いということがわかりやすく語られています。どこか趣味の延長のような部分がある日本の映画業界と比べてハリウッドは「そういう産業」という事なんだと思います。予算を取って、部品を作って、完成品を飾って、みんなで飯が食える。そこには趣味の延長なんて感傷はないんでしょう。だからその意味では今回の「ゴジラ」は懐古趣味を感じる部分があったんじゃないでしょうかね。
ハリウッドの映像技術者の労働環境は日本のアニメ業界と同等かそれ以上に劣悪らしいからね山崎監督がオフィスに常駐してCG編集のディレクションを直接してるなんてのは向こうの人達からしたら異様な光景だし映像制作として理想的に映るだろうな
あゝ、つまり。ポリコレ無しバージョンとか、18禁バージョンとか、更にはグロくてエロくてレーティング以前に商業的にバツなバージョンだって多くのカットをつなぎ合わすと出来ると。悪役が勝っちゃうとか、不条理に陥るとか、バッドエンドをハッピーエンドにする事も可能なんですね。そう言えば『この世界の片隅に』を原作にあったが初期公開時に敢えてカットした部分を追加してずいぶん印象の違う女性映画風にして居た(『いくつもの』)けれど。ハリウッドでは元からそれ全部のストックがあるんですね
これから先、仮にハリウッドからオファーがあったとしても制作会社の操り人形やろうし、やりたい事殆んどさせて貰えんやろうしな自分で資金調達したにしても所詮はスポンサーの意のまま、ゴリ押しで抗う事なんか出来んのやろうから、ハリウッドには手を出さん方が良いやろうね
マイナスワンって「引き算の美学」なんですよね沢山のシーンから取捨選択する撮り方をせず、無駄になるシーンを作らないというより初めから監督の頭の中に撮りたい構図があったため、余分なシーンを撮る必要が最初から無かったのでしょうあえてそこから色を失くし、ワンカットづつ作り直したというマイナスカラーもそうです引き算というのは単純に一部を失くすだけではなく、その余白を別のもので埋めているのです特攻をしない(させない)ために機体に脱出装置を付け足す必要があったように、マイナスだけでは成立しませんVFXにしても、例えば海のシーンでは実際の船上で撮影した映像と組み合わせるなどして無駄なVFXを使わない、ことによりVFXとリアル(セットや人物)との融合を試みています脚本にしても、怪獣を戦争や原爆のメタファーとすることにより人間ドラマと怪獣の融合を、恐ろしいほどに違和感なく効率的に成し遂げている点が秀逸だと思いますハリウッドの、特に年配の技術者たちにとっては、懐かしさを感じる類の作品だったかもしれません
技術の凄さのプレゼンテーションみたいなCGではなく、視点移動等で恐怖感に直結する表現がされてた気がします。
予算がなければ米も日本のやり方でやったでしょう!
白組の野島さんは、ハリウッドから年収数M$でヘッドハンティングされる可能性があると思います。日本在住のままでいいから、とかいろいろな好条件を付けてもらえるのではないでしょうか。
高木ブーさんですよね
シンゴジラはどちらの製作方式なのだろう?山崎方式かハリウッド方式か。
アメリカ映画もロッキーやターミネーターなど低予算でも素晴らしい映画が作れた時代に立ち戻って欲しいね。
私見ではなんでアメリカの賞を取ると鬼の首をとったようなことになるのか不思議?
たかがアメリカじゃない?、、移民の国の賞貰ってもありがたい気がしない。
権力は正しい人が持てばリーダーシップになる、
監督が本当に監督出来た作品だった。
低予算はあとから付いてくる評価であってCGというよりリアルゴジラの再現が見るものを惹きつけた。
つまり最近のハリウッド映画はかつてスタジオを潰した「クレオパトラ」と同様の「恐竜化」が進行中であり次に来るのは「ニューシネマ」的作品になりつつあるということなのかなーーーーと。それもいいんじゃないかなと。その間に「将軍」や「異世界スーサイドスクワッド」みたいなジャパンオリエンテッドな作品で制作陣の創造性を作り替えていく感じになるんですかねぇ。実際CGと宣伝費に金使いすぎてるのが製作費高騰の現状ですしおすし。
岡田さんの解説を聞くと-1.0のプロットはしっかりと構築されていることは分かる。
制作に意見する人間を極力減らして目標をはっきり定め、監督の求める画を撮っていくスタイルが評価されたと。成程と思う反面、逆に言えば素人目にも分かるドラマ部分のディテール不足、ブラッシュアップ不足感と諸刃の剣だと感じます。
ゴジラのシーンが良いだけにどうしてももったいないという感想が最初に来てしまう
アカデミー視覚効果賞の主旨は、どう凄い絵かではなく、どう物語を効果的に盛り上げているかだと聞きます。
なるほどねー
ハリウッドは今「船頭多くして船山に上る」状態ってことか
いつもながら明快な解説を有難う御座います。一時期は確か「CGを使うことで大作映画の予算が削減できる」みたいな話があった様な気もするんですが、気が付けばCGを使って昔以上の予算を湯水のごとく浪費する時代になっていたみたいですね。
山崎監督には是非ともハリウッドで頑張ってほしいと思います。向こうのスタッフを使ってもう一回低予算でいい映画を作って見せたら、完全にホンモノと認められると思います。苦労も多いと思いますけど、折角機会が与えられたのだし、追い風ムードにも恵まれているのですから、是非挑戦してほしいものです。
合議制で作った作品、特に脚本を複数人でこねくり回して作った作品はツマラナイと思っています。
退屈しない佳作の打率は上がると思うけど、
それは結局、損をしたくない出資者の都合であって、
一生大切にしたい心に残る作品は生まれ難い気がします。
日本映画の主流は製作委員会方式が圧倒的に多いのですが、「ゴジラ」だけは東宝が単独で出資して製作されています。ですから「ゴジラ-1.0」もですが「シン・ゴジラ」も「アニゴジ」も「ゴジラS.P」も金は出しても口は出さない「ゴジラ」で有れば何をしても良いという環境でつくられたので、どれもあれだけの作品になれたのだと思います。
喋るのしんどそうな斗司夫氏
Γ船頭多くして船、山に上る」今のハリウッドのCG・VFX大作が陥っている状況、岡田氏の論評は簡潔に府に落ちる表現で語って貰えて、聴いている此方はスッキリしました。
すごいな。せひ英訳して世界へ拡散して欲しい内容です。
そう言えば、インディ・ジョーンズでは、監督の絵コンテってかなり細かいのが紹介されてましたよ。 もう数十年、そういうのを見なくなったのは、単にあらゆるドキュメントがデジタル化されたからじゃないんだな。納得。
メイキング映像で最初に説明してるとこが本質だったのね、成程。
確かに、ゴジラが単なる巨大モンスターではなく、敷島や主人公陣のエピソードにきちんと絡む試練のような存在になってるのが面白い
マリオも宮本さんがかなり権限持ってたらしいね
やっぱ、エンタメの世界って合議制(民主主義)じゃだめだよね
もちろん、ゴジラとは逆に大コケする可能性もあるけどさ
アニメでいえば脚本監督背景作画兼任の新海誠監督が近いかな?
関わる人間を極力少なくする方法の究極形が漫画だよな
一人の天才に脚本、演出、カメラマン、アクション、主演助演、全部やらせるんだから
最近、鳥山明の絵を見ていて改めてそう思う
これは良い悪いは置いておいて一般の仕事であるなぁ
ゴジラ-1.0は「権力者から映画の自由、決定権を取り戻した映画」と、短い言語で見事に本質を表現した岡田さんはさすがです。
もっかいみてきた、やっぱ良いね〜マイゴジ君は
最近岡田斗司夫さんの動画を見始めた者ですが、本当に言語化が上手いですね。ただただ感心しています。
熟練の職人のいる下町の中小企業工場が、
大手を差し置いて、大評価をもらったみたいな
もんですよね。
ゴジラマイナスワンは監督と特技監督、視覚監督が同一人物とは思いませんでした。監督と特技監督、視覚監督が一致団結して、同じ部屋で編集作業をして、その連携がうまくいったと思っていました。
ハリウッドの大作は何パターンも作成して、その中から監督より権力がある人たちが合議制でシーンを決めて、撮影した8割の他のバージョンのシーンは使われないとなると、撮影スタッフも徒労に暮れるのは分かると思いました。
時間もかかるし、全体の作品としての統一感が不安定だし、編集に時間がかかる。
ハリウッドの大作の製作費が高いのは、出演俳優の出演料が多いからと思っていたのですが、そうでは無いんですね。
そんな気がしたw
素晴らしい注釈ですねっ w
世知辛いことを言えば、
ハリウッドの視覚効果スタッフは「総監督が最初から明確なビジョンを持って指定してくれれば無駄な絵を撮らなくて済む)を言い出すと
最精鋭の上澄みしか要らなくなり、自分等の大半の失業にも繋がりかねないから言い出しにくいということもあるんだろうなw
簡潔に言うと「生きて抗え」これに尽きる
私見ですが、
-1のVFX(の3DCG)はモデリングと物理エンジンで生成してるので、別角度のシーンが増えて作業が増えるのは俳優と撮影スタッフです
VFX側の作業は視点の設定だけを変更し再計算で済みます
それも完成版以外は画質を落としたレンダリングで確認可能なので、追加のマシンパワーもそれほどではありません。
とても興味深く解りやすい岡田さん視点解説と、その字幕付き切り抜きをありがとうございました
非常に興味深い解説ですね。
クリエーターの観点から離れても、日米の映画業界の違いということがわかりやすく語られています。
どこか趣味の延長のような部分がある日本の映画業界と比べて
ハリウッドは「そういう産業」という事なんだと思います。
予算を取って、部品を作って、完成品を飾って、みんなで飯が食える。そこには趣味の延長なんて感傷はないんでしょう。
だからその意味では今回の「ゴジラ」は懐古趣味を感じる部分があったんじゃないでしょうかね。
ハリウッドの映像技術者の労働環境は日本のアニメ業界と同等かそれ以上に劣悪らしいからね
山崎監督がオフィスに常駐してCG編集のディレクションを直接してるなんてのは向こうの人達からしたら異様な光景だし映像制作として理想的に映るだろうな
あゝ、つまり。ポリコレ無しバージョンとか、18禁バージョンとか、更にはグロくてエロくてレーティング以前に商業的にバツなバージョンだって多くのカットをつなぎ合わすと出来ると。悪役が勝っちゃうとか、不条理に陥るとか、バッドエンドをハッピーエンドにする事も可能なんですね。そう言えば『この世界の片隅に』を原作にあったが初期公開時に敢えてカットした部分を追加してずいぶん印象の違う女性映画風にして居た(『いくつもの』)けれど。ハリウッドでは元からそれ全部のストックがあるんですね
これから先、仮にハリウッドからオファーがあったとしても制作会社の操り人形やろうし、やりたい事殆んどさせて貰えんやろうしな
自分で資金調達したにしても所詮はスポンサーの意のまま、ゴリ押しで抗う事なんか出来んのやろうから、ハリウッドには手を出さん方が良いやろうね
日本の漫画家に通じるかな、、
絵柄もコマ割も脚本とセリフも全て一人こなせる天才がわんさかいるからな
岡田さんの視点にはいつも感服します。これからも斬新な動画を期待します。
日米合作映画を撮るにあたって、アメリカ側と交渉するなかで最終編集権を死守した本多猪四郎監督は、只者ではなかったってことなんですかね。
マイナスワンって「引き算の美学」なんですよね
沢山のシーンから取捨選択する撮り方をせず、無駄になるシーンを作らないというより
初めから監督の頭の中に撮りたい構図があったため、余分なシーンを撮る必要が最初から無かったのでしょう
あえてそこから色を失くし、ワンカットづつ作り直したというマイナスカラーもそうです
引き算というのは単純に一部を失くすだけではなく、その余白を別のもので埋めているのです
特攻をしない(させない)ために機体に脱出装置を付け足す必要があったように、マイナスだけでは成立しません
VFXにしても、例えば海のシーンでは実際の船上で撮影した映像と組み合わせるなどして
無駄なVFXを使わない、ことによりVFXとリアル(セットや人物)との融合を試みています
脚本にしても、怪獣を戦争や原爆のメタファーとすることにより
人間ドラマと怪獣の融合を、恐ろしいほどに違和感なく効率的に成し遂げている点が秀逸だと思います
ハリウッドの、特に年配の技術者たちにとっては、懐かしさを感じる類の作品だったかもしれません