『ルパンがこんなのに乗ってるはずがない』宮崎駿はルパンをこう変えた【岡田斗司夫/切り抜き】【岡田斗司夫まとめ】



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「『ルパンがこんなのに乗ってるはずがない』宮崎駿はルパンをこう変えた【岡田斗司夫/切り抜き】【岡田斗司夫まとめ】」への14件のフィードバック

  1. より:

    日本車ならトヨタ2000GTに日産GT-Rのエンジンを積んだような車か。

  2. より:

    金持ってるから売ったり買ったりしてるかと思った

  3. より:

    テレビで新ルパンを見て初めて『ルパン三世』を知りました。
    ルパン三世シリーズの中では新ルパン三世が一番好きです。

  4. より:

    まあ…宮崎氏の原作改変具合は、押井守に匹敵しますね。
    ルパンといい魔女宅といい原作からかけ離れて「宮崎色」に染めてしまう。
    それはそれで面白いから良いんですけど、押井氏の方が尖ってる分アンチが目立ちますな。

  5. より:

    ルパンがコミカルになった頃から見てるが、世界一の泥棒にしては…。というのは昔からあった。最初期のルパンを観てから昔はカッコよかったんだなと思った思い出があります。シリアスな中にコミカルな部分は求めているが…。今でもそういう部分はあるが、アニメの売り上げで企画が立ち上がっていき、携わる人に充分な報酬がある様になって欲しい。

  6. より:

    ワルサーP38は、世界最初のダブルアクションオートに38ルガー弾を使う名銃です。弱点はシングルカラムなんで弾数が少ない事ですが当時の銃だとモーゼルM712とかルガーP08.トカレフなんかになっちゃうんで選択は良かったのでは。

  7. より:

    フィアット500にワルサーP38って量産品の安物なのに妙に洒落っ気があってルパンのキャラクター造形に役立ってるよな。

    これがフォルクスワーゲン・ビートルとブローニング・ハイパワーだと、量産品って意味では同じでもあまりに合理的というか、コスパ重視過ぎて面白みが無くなってた感じ。

  8. より:

    盗みの準備や舞台装置に途方もない金を注ぎ込んではいてもギラギラ着飾るルパンというのはあまり想像が出来ない。

  9. より:

    宮崎駿はルパンをヒーロー視してやたら紳士ぶらせているし、
    次元はマグナムが効かないからって対戦車ライフルを持ち出すし、
    五右衛門はクラリスにすぐ惚れるし、不二子は・・・
    宮崎ルパンは二次創作だと思っている。

  10. より:

    ワルサーP38よりルパンにふさわしい拳銃って何?

  11. より:

    ただ、ベンツSSKから初代チンクに変わったと言っても、結局の所
    16・19・23(最終回)の3話しか乗っていない(18話のみ2CV)
    15話まで基本的にベンツSSKとかランボルギーニetc
    カリ城ルパンに対しても原作者のモンキーパンチは「ルパンは絶対に
    カップラーメンなんか食べない」とコメントしていた。

  12. より:

    自分が研究資金出してる科学者が発明したカバンから変形するオモシロカーにウッキウキで乗るのが原作ルパンなので
    最新技術で戦闘ロボットに変形するマシンとかまだ誰も持ってない新しいものに喜んで乗るのが本当のルパン三世だろう

  13. より:

    ルパン三世がフィアット500に乗るのは宮崎駿監督のカリオストロの城からで
    何であんなイタリアの大衆車に乗る理由は、泥棒の仕事をしている最中はメルセデスベンツ
    SSKだと周囲からかなり目立つためにフィアットに乗ったと思っていました。
    カリオストロ公国に潜入するにもSSKみたいな派手な車だと目立つからね。
    しかしそのフィアット500も実際のレーサーみたいなフルチューンされているのが
    ルパン三世らしいなとw

  14. より:

    宮崎駿の理屈は、思いつきのマウンティングのヘ理屈ではなく、スジの通った理屈であり、そのスジの通った理屈の積み重ねでキャラを、作品世界を作るから、何度噛みしめても飽きないほど、深いんだ。
    カリオストロ一本をとっても、例えば物語冒頭の、国境の、若い衛士。
    カリオストロ公国と言えども、別に悪人ばかりが住んでるわけではない。むしろ、国に誇りを持ち、国のために働くことに誇りを持つ、善良な市民が、ほとんどのはずだ。
    そういうスジの通った理屈を、あの若い衛士の一瞬の微笑みで、ちゃんと表現している。
    あそこは下手な監督なら、グスタフのような、威圧的で人を見下すような巨漢の衛士が、ジロリと疑いのマナコをルパンに向けることで、無用な緊張感をあおる、そんな演出をすることだろう。
    宮崎駿は、絶対にそれはしない。
    演出とは、ウソを誇張することではなく、現実を誇張することなのだと、とてもよくわかっている、監督なのだ。

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