子供ながらにトイストーリーはアンディの妄想なんじゃないかと思ってて、3の最後でアンディぎ玩具たちを知り合いの子供に譲る時「ウッディは絶対に仲間を見捨てないんだ」と語ってるのを見て、ああやっぱり玩具たちの性格はアンディの願いでもあったんだなと思ったり…子供の時に遊んでた玩具って、当時自分が何を望んでたか思い出させてくれる大切な存在だと思う。たとえそれが手元になくても
成長しないというかマジでそれは人れぞれ。 地頭がいい人とそうでない人がある。恋愛を経て、子供らしさって、周りに流されやすいとか言われたりするけども、 大人が無責任に、自己中に子供に求めたせいで流される子供になってるだけ。 子供は誰しも、大人より行動力があって、頭が柔軟で、努力もいとわない。 そこに、『あとのことを考える』って考え方を足すと、無敵のような大人になるのに、 変な制限が課して元々の良さを消して『我慢する』ことが大人とか、頭のわりーことを言うような社会の流れを変えられない。 『あと』の事のために『我慢する』他人『未来』のために『我慢する』は柔軟な思考だけど、『今』のために自分を『我慢する』は正直何がしたいのか分からないアホ。
トイストーリー2までは普通に観れたのに、3でモノ捨てることに恐怖心湧いて4も見てない3は衝撃的すぎたただ、ピクサーの映画が最近つまらないのはラセターが居なくなったからだということにこの動画で気づいた。カーズクロスロードが俺が見た最後のピクサー作品
岡田さんの言うことめちゃめちゃわかる。3は最後のアンディがボニーに皆んなのこと大事にするって約束してくれるかな僕の宝物なんだ。ってシーンから見始めても号泣できる過去の自分が捨ててきたおもちゃとかへの罪悪感からなんだと思う。幼稚園児の息子はポカーンて顔してみてます
トイストーリーは、子供の頃おもちゃをほとんど与えられなかった私としてはどこが面白いのか本当にわかりませんでした。でも、子供が産まれて主人に映画を見させられて何回も何回も見て、だんだん子供も成長してきて興味のあるものが移り変わり、、、そんな子供の様子とアンディ、ウッディの気持ちを考えたら3は、涙が止まりませんでした。思い出しても泣けます。何故なんでしょうか(泣)
思いきり子供時代を満喫した子は、おもちゃを卒業して興味の対象が変わる事に罪悪感を持っていないような気がします。ライナスの毛布みたいに片時も離さなかったおもちゃ、1日10時間遊んだおもちゃ、そういった行為を『良かったわね』って微笑ましく見守ってもらえた子は、子供時代をすんなり卒業できる。一方『いい加減にしなさい、くだらない』などと言われて無理矢理取り上げられたり、時間を制限された子は…満たされない思いが残ってしまうのでは、と思う。
手工業者は特殊技能を持っていて、鎧や兜を作る人、あるいは大工さんは不思議な力があると考えられてましたね。河童の起源は、左甚五郎が藁人形に仕事を手伝わせた後の成れの果て、ゴーレムみたいなものだという説もあるそうです。そういう考えが貨幣経済の発展によって強化され、付喪神信仰につながっていったと考えるのは面白いです。岡田さんの説が説得力あるのでそう思うことにします笑
俺はトイストーリー1.2で育って、ヒーローはバズだったんだ。だからこそ、3は少し見て以来嫌いで見れてない。それはアンディが別離を決めることへの拒絶と、トイストーリーから次第に離れていった自分が重なるからなんだろうな。
車に乗り込むアンディに対してボニーがウッディの手を使ってバイバイすると、アンディがウッディを託したことを後悔したような表情をするのが生々しいんだよねこれがもし日本で作られた作品ならアンディは微笑みかけて車に乗ってたと思うあとめちゃくちゃ後ろ髪引かれる想いで大学へ向かうアンディに対して『あばよ相棒…』って言ったウッディは意外とアンディより割りきってて大人 アンディは見た目大きくなったけどまだ17歳って感じがする
岡田さん、ピクサー作品だとカーズだけ正確に解説するの無理なんよね。あれを理解するには世界中の有名レースや選手権の歴史、アメリカの自動車文化の歴史、実物のあるあるを理解しないと分からないネタだらけだから。所ジョージとかなら正確に理解できるやつ。 特に3のバトンタッチのシーンは、モータースポーツ見てないと正確に意味を理解できない。土屋圭市に一番刺さるやつ。
仮面ライダーとかがその典型的な例なのかね
子供の頃にハチ公物語で号泣したけど
あれは感動ではないってことね
2と3の公開時期の間隔いいなぁ
子供ながらにトイストーリーはアンディの妄想なんじゃないかと思ってて、3の最後でアンディぎ玩具たちを知り合いの子供に譲る時「ウッディは絶対に仲間を見捨てないんだ」と語ってるのを見て、ああやっぱり玩具たちの性格はアンディの願いでもあったんだなと思ったり…
子供の時に遊んでた玩具って、当時自分が何を望んでたか思い出させてくれる大切な存在だと思う。たとえそれが手元になくても
保育園の時にトイストーリー初めて見て泣くぐらいトラウマだったからそれ以降見てないわ
しまってあるぬいぐるみ、雛人形、きっと寂しくて辛い思いをしてるんだろうなと胸が苦しくなるけど…出してあげられる場所がない…辛い
成長しないというかマジで
それは人れぞれ。
地頭がいい人とそうでない人がある。
恋愛を経て、
子供らしさって、周りに流されやすいとか
言われたりするけども、
大人が無責任に、自己中に
子供に求めたせいで
流される子供になってるだけ。
子供は誰しも、
大人より行動力があって、
頭が柔軟で、努力もいとわない。
そこに、『あとのことを考える』
って考え方を足すと、
無敵のような大人になるのに、
変な制限が課して元々の良さを消して
『我慢する』ことが大人とか、
頭のわりーことを言うような社会の流れを
変えられない。
『あと』の事のために『我慢する』
他人『未来』のために『我慢する』は
柔軟な思考だけど、
『今』のために自分を『我慢する』は
正直何がしたいのか分からないアホ。
いや、小4の時に見て涙でできたぞ…??
おもちゃも家族だから成長しても卒業しなくてもいいんじゃないかと思ってしまう私です。
3は、初めて面白いと思った。最後良かった✨
でも、大学にオモチャ、1個でも持ってくのが、えっ?ってなりました。持ってかなかったけどね。
オモチャのチャチャチャだよね。
感動って高校生くらいにならないと分からないと思うよ
ラセターが関わっていた頃の作品が好きなのでトイストーリー4が怖くて見られない…
トイストーリー2までは普通に観れたのに、3でモノ捨てることに恐怖心湧いて4も見てない
3は衝撃的すぎた
ただ、ピクサーの映画が最近つまらないのはラセターが居なくなったからだということにこの動画で気づいた。カーズクロスロードが俺が見た最後のピクサー作品
そんで4で一気に「いい加減自立しろ」と叩きだされて大批判、と…?
岡田さんの言うことめちゃめちゃわかる。3は最後のアンディがボニーに皆んなのこと大事にするって約束してくれるかな僕の宝物なんだ。ってシーンから見始めても号泣できる過去の自分が捨ててきたおもちゃとかへの罪悪感からなんだと思う。幼稚園児の息子はポカーンて顔してみてます
小学生の頃映画館でみたな
あのサルはまじでトラウマだった、、
最後のシーンは映画館ではじめて泣きました
小2のときトイストーリー3観たらめちゃくちゃ怖くて「なんでこの映画絶賛されてるんだろう?」って思ってたけど、今になって見返したらちゃんと感動できるかもしれないな……。
ウッディ
トイストーリーは、子供の頃おもちゃをほとんど与えられなかった私としてはどこが面白いのか本当にわかりませんでした。でも、子供が産まれて主人に映画を見させられて何回も何回も見て、だんだん子供も成長してきて興味のあるものが移り変わり、、、そんな子供の様子とアンディ、ウッディの気持ちを考えたら3は、涙が止まりませんでした。思い出しても泣けます。何故なんでしょうか(泣)
私はそもそもディズニーアニメのギョロ目が怖い。子供でも怖いし大人になって尚更怖い。あの亀の立て看板みたいのがあった時は、異様にギラギラしたガンギマリの目が怖すぎて却って目が離せなかった
おもちゃに愛着持ったことはないな~
思いきり子供時代を満喫した子は、おもちゃを卒業して興味の対象が変わる事に罪悪感を持っていないような気がします。
ライナスの毛布みたいに片時も離さなかったおもちゃ、1日10時間遊んだおもちゃ、そういった行為を『良かったわね』って微笑ましく見守ってもらえた子は、子供時代をすんなり卒業できる。
一方『いい加減にしなさい、くだらない』などと言われて無理矢理取り上げられたり、時間を制限された子は…
満たされない思いが残ってしまうのでは、と思う。
感銘を受けて心を動かされることが子供にはないと? 感動の定義はこのとき何だったの
トイストーリーはリアルタイムで見続けて、本当に良かった。
でも難点は、トイストーリーシリーズ見てないんだーって人にオススメしきれないこと。
あの辛さ、切なさは一気見では伝わらない。
手工業者は特殊技能を持っていて、鎧や兜を作る人、あるいは大工さんは不思議な力があると考えられてましたね。河童の起源は、左甚五郎が藁人形に仕事を手伝わせた後の成れの果て、ゴーレムみたいなものだという説もあるそうです。そういう考えが貨幣経済の発展によって強化され、付喪神信仰につながっていったと考えるのは面白いです。岡田さんの説が説得力あるのでそう思うことにします笑
俺はトイストーリー1.2で育って、ヒーローはバズだったんだ。
だからこそ、3は少し見て以来嫌いで見れてない。それはアンディが別離を決めることへの拒絶と、トイストーリーから次第に離れていった自分が重なるからなんだろうな。
車に乗り込むアンディに対してボニーがウッディの手を使ってバイバイすると、アンディがウッディを託したことを後悔したような表情をするのが生々しいんだよね
これがもし日本で作られた作品ならアンディは微笑みかけて車に乗ってたと思う
あとめちゃくちゃ後ろ髪引かれる想いで大学へ向かうアンディに対して『あばよ相棒…』って言ったウッディは意外とアンディより割りきってて大人 アンディは見た目大きくなったけどまだ17歳って感じがする
岡田さんってディズニー映画の解説比較的苦手だよな
岡田さん、ピクサー作品だとカーズだけ正確に解説するの無理なんよね。
あれを理解するには世界中の有名レースや選手権の歴史
、アメリカの自動車文化の歴史、実物のあるあるを理解しないと分からないネタだらけだから。
所ジョージとかなら正確に理解できるやつ。
特に3のバトンタッチのシーンは、モータースポーツ見てないと正確に意味を理解できない。
土屋圭市に一番刺さるやつ。
子供の頃にトイストーリーで楽しんでからの3は中々くるものがある笑
その民俗学の先生は岡田さんの仮説を立証するために動いてくれているのだろうか?
付喪神信仰はわからんな
以前から明らかに手作りの土偶やらがあったし
まあ素人が話す問題ではないか