0:00 快楽は幸福の定義として弱い 1:52 幸福は「状態」である 2:29 人によって違う 3:08 岡田斗司夫にとっての幸福 4:49 論理のレゴ化 岡田斗司夫マインドをご視聴いただきありがとうございます。 チャンネル登録・高評価宜しくお願い致します♪
快楽は動物でも感じられるもので幸福は自分と対象(人 生物 物 神 世界など)の関係から特別な善き何かを感じることで起こるものだと思います。ある意味 動物(ペット)でも感じられるものではないかな?と思って定義してみました。
自分としては、自由とか否定されない事が1番の幸福に感じる自由って別に暴れるとかじゃなくて親友と遊ぶとかお酒の場のような、心を自由に開ける状態ああいう時はじわじわ幸福感が染み出してきて楽しいって気持ちになる強烈な快感って正直事後はあまり記憶に残らなかったりするし
十代のロジックとしてはあり勝ち、重要なのは、大人としてのある程度の経験を経て、岡田氏の様な回答が出来るかどうか?単純なロジックをメンコをひっくり返す様なことを得てしてやり勝ちだけれど、同じ様な局面で自分がどの様に答えらるのか?改めて考えさせられました。参考になりました、ありがとうございました。
あなたは幸福ですか?と聞かれてはいか、いいえか。それはなぜか?その状態や条件は人によって違います。それが沸点の話。ボルビックと水道水の話は、幸福を誰でも同じやり方で感じられるようになる話、の例としてわかりやすくて、人から与えられた価値観に乗っかるより、そのへんに転がってるものの価値をわかる方が幸福になりやすいよね。て話。最近、水筒に水道水を入れて持ち歩くようになった私にはよくわかる例えでした笑
十代の若い子に、『幸福とは状態である。ポワーンとしたもの』などと話しても『?』じゃないかなぁ。自分もその年頃は、『幸せとは快樂に耽ること』って思い込んでいた。欲しい物は全部手に入れ、モテモテの人気者で、いい大学行って一流企業に入って、デカい家建ててうまいもん食って…etcでも今は、自分で淹れたコーヒー飲んで、公園に散歩に行って、犬連れの人(初対面)と、どーでもいい立ち話したりするのを幸せと感じる。
0:00 快楽は幸福の定義として弱い
1:52 幸福は「状態」である
2:29 人によって違う
3:08 岡田斗司夫にとっての幸福
4:49 論理のレゴ化
岡田斗司夫マインドをご視聴いただきありがとうございます。
チャンネル登録・高評価宜しくお願い致します♪
快楽は動物でも感じられるもので
幸福は自分と対象(人 生物 物 神 世界など)の関係から特別な善き何かを感じることで起こるものだと思います。
ある意味 動物(ペット)でも感じられるものではないかな?と思って定義してみました。
私の幸福は「フニャッと笑顔になる」感じのこころあったまるやつ全部。いろんな物事・状態・自他問わずなんでもかんでも。それは記憶の中にも今現在にも未来の皮算用の中にもある。
自分としては、自由とか否定されない事が1番の幸福に感じる
自由って別に暴れるとかじゃなくて親友と遊ぶとかお酒の場のような、心を自由に開ける状態
ああいう時はじわじわ幸福感が染み出してきて楽しいって気持ちになる
強烈な快感って正直事後はあまり記憶に残らなかったりするし
「いい」天気、「幸せだ」「悲しい」みたいな形容詞がそもそも主観的なものでしかないからなー 人それぞれってことでいいのでは
十代のロジックとしてはあり勝ち、重要なのは、大人としてのある程度の経験を経て、岡田氏の様な回答が出来るかどうか?単純なロジックをメンコをひっくり返す様なことを得てしてやり勝ちだけれど、同じ様な局面で自分がどの様に答えらるのか?改めて考えさせられました。参考になりました、ありがとうございました。
あなたは幸福ですか?と聞かれてはいか、いいえか。それはなぜか?
その状態や条件は人によって違います。
それが沸点の話。
ボルビックと水道水の話は、幸福を誰でも同じやり方で感じられるようになる話、の例としてわかりやすくて、人から与えられた価値観に乗っかるより、そのへんに転がってるものの価値をわかる方が幸福になりやすいよね。て話。
最近、水筒に水道水を入れて持ち歩くようになった私にはよくわかる例えでした笑
十代の若い子に、『幸福とは状態である。ポワーンとしたもの』などと話しても『?』じゃないかなぁ。
自分もその年頃は、『幸せとは快樂に耽ること』って思い込んでいた。
欲しい物は全部手に入れ、モテモテの人気者で、いい大学行って一流企業に入って、デカい家建ててうまいもん食って…etc
でも今は、自分で淹れたコーヒー飲んで、公園に散歩に行って、犬連れの人(初対面)と、どーでもいい立ち話したりするのを幸せと感じる。
悟りを開いて”解脱“すれば、幸福感が一生続くと思うよ。
幸福と快楽は別だよ。自分の気持ちが満たされたって感じるものじゃない。発動条件なんて誰にもわからないよ。それを探求するのが人生なんじゃないかな
目に見えない何気ない日常が幸福の正体、ってことですね。
生きてるだけで丸儲け、というのはそこから来ていると思います。
幸福が何かなんて考える余裕がある時点で恵まれすぎてんだよ、ただの甘えだ
「幸福とは時たま起こる素晴らしい幸運よりも、日々起こってくる些細な便宜から生まれるものだ。」
10代の私には水をぶっかけられたような衝撃の幸福論でした。
東京の水道水は石原元都知事がおいしくしたらしいです(武蔵野市はどうだか知りませんけど)
幸福じゃない状態がないと成立しないもの。
快楽とは、2、3分
気持ち良くなれるもの。
幸福とは、後になっても
アレ良かったなと
顔が自然にニヤけるものだと
思う。
10代で大層な文章書くな
なんか感性が表れてるね
幸福には絶対なれませんが、幸福に常に近づく事なら出来ると思います
日々ゆっくり今よりほんの少し幸せを目指して幸せのヴィジョンに歩き続けるのがいいかもですねw